ニューラルネットワークを使用したワインの鑑定

 

東京工芸大学女子短期大学部

久原泰雄

 

The Degustation of Wine Using Neural Networks

 

Yasuo KUHARA

Women’s Junior College, Tokyo Institute of Polytechnics

 

1.はじめに

 

数百万種類にもおよぶワインが存在するといわれている中で,ワインを鑑定することは至難の技である。1998年の全日本ソムリエコンクールにおいて,ブラインドテイスティングの全問正解者がいなかったことがその難しさを証明している。しかしながら,ワインの鑑定はある程度の論理を身につければ精度が増していくといわれている。ワインの鑑定は外観,香り,味わいの3つの観点に基づいて,品種,産地,品質,年代などを判定することである。人間におけるこの処理は、感覚器から入力された情報が脳によって蓄積された記憶と照合され、品質が判定されるという過程を踏む。本論文ではこのワインの鑑定をニューラルネットワークによって行う試みである。まず,ワインの鑑定は単なる直感ではなく,推論・論理の過程が関係していることに着目し,これを生理学的またテイスティング理論に基づき分析した。次に,ワイン鑑定の過程をニューラルネットワークによって実現するための必要事項を考慮した。具体的には,人間の感覚器によって感知されるデータの数値化の検討とニューラルネットワークが出力するワインの属性を妥当なものにする提案である。さらにワインの外観,香り,味わいのデータをニューラルネットワークに入力し,ワインの産地,品種を判定させる可能性を報告した。今回は手法の可能性のみが論じられているが,今後,実際に学習データを準備し,計算機実験を行い,人間によるワイン鑑定の精度との比較を行う予定である。

 

2.ワイン鑑定の論理

 

2-1 ワインの成分組成[1]

人間がワインを鑑定する上で関係する感覚は視覚,嗅覚,味覚,口腔内の皮膚感覚(触覚,痛覚,冷覚,温覚)である。ワインの成分がこれらの感覚器から入力され,発生した神経信号が大脳で知覚され,統合し,過去の記憶と照合され,総合判断される。したがってワインの成分を意識することは重要である。

 

600以上の成分が分離されているが,成分の由来は,原料のぶどうによるもの,微生物が発酵によって生成したもの,熟成中に生成したものの3つに分けられる。ワインが複雑な香りと味わいを持つのはこのためである。最も多いものは水分であるが,香りや味わいに関係する主な成分は以下のとおりである。

 

(1)アルコール

エチルアルコールからグリセリンなどの高級・多価アルコールである。甘味などの味覚,口当たりの柔らかさ,厚み,粘性に関係する。過度のアルコールは偽熱(pseudo-thermique)を感じることがある。通常のスティルワインでアルコール濃度は12%から14%程度である。

(2)糖

ブドウ糖,果糖である。最も基本的な味覚である甘味に関係する。糖は酵母による発酵の結果、アルコールに変化するが、何らかの理由で発酵が途中で中止した場合に、残糖が生じる。

(3)有機酸

揮発性の酢酸と不揮発性の酒石酸,リンゴ酸,クエン酸,乳酸,コハク酸,ケト酸であり、酸味に関係する。香味を封じ込めワインを長持ちさせる。主要なものは酒石酸とリンゴ酸である。酒石酸はぶどうのみに含まれる特殊な有機酸である。リンゴ酸は産地が冷涼になるほど多く含まれる。ちなみに,クエン酸はみかん,オレンジなどの柑橘系果実や梅などの酸味の主体である[2]。乳酸は乳酸菌によるマロラクティク発酵の結果、生じ、やわらかな酸味をもつ。

(4)フェノール類

タンニン,カテキン,アントシアニンである。渋味と収斂性に関係し、赤ワインを長生きさせる。果皮や種子に多く含まれる。ぶどうの味としては,甘味と酸味にマスキングされてあまり感じないが,赤ワインでは重要な要素となる。熟成につれて,タンニンは分解し,他の成分と結合し複雑な組成に吸収され,ワインを熟成状態に導く。

(5)無機成分

カリウム,ナトリウム,マグネシウム,カルシウム,鉄,銅,アルミニウム,鉛,亜鉛などである。ミネラル感,苦味に関係する。石灰岩質土壌の産地でとれたワイン(シャブリ,サンセールなど)に特徴的に見られる。

(6)エステル,カルボニル化合物

揮発性であり,アロマ,ブーケなど香味に関与している。

(7)窒素化合物

アミノ酸,タンパク質である。アミノ酸は旨味成分となる。タンパク質は大部分が澱として取り除かれる。

 

上記主要成分のうち,重要なものとして,アルコール,糖,有機酸,フェノールを特に考慮する。

 

2-2 ワインの三様相

ワインの鑑定は視覚によってワインの外観を観察し,嗅覚によってワインの香りを嗅ぎ,味覚によってワインの味わいを評価することに他ならない。

 

(1)外観

ワインの色は,品種,産地,熟成の影響を受ける。赤ワインの場合,ぶどう果皮から抽出されるアントシアニンが主成分であり,時間の経過とともに重合して,紫,赤,橙,赤褐色,茶褐色に変色する。白ワインの場合,ぶどう果皮と木樽から抽出されるフェノール類であり,時間の経過とともに,黄緑,黄,黄金,黄褐色に変色する。

 

さらに,品種によって表れやすい色がありる。紫が出やすい品種として,ガメイ,シラー,カベルネ・フラン,橙が出やすい品種としてピノ・ノワール,メルローがあげられる。したがって色相から品種の個性と熟成の度合いを判定できる。

 

また,色の濃淡はワインの成分がどの程度凝縮されているかを表し,産地,天候,格,醸造の影響を受ける。産地が南であるほど,日照時間が長いほど,収量制限された格が上であるほど,醸造においてマセラシオンが長いほど,色調は濃くなる。

 

さらに,グリセリンや糖分の量が多いと,粘性の高いワインになりグラスの壁面に脚を形成する。これは酒肉を知る目安となる。

 

(2)香り

ワインの表現で最も難解なのが香りである。色彩や味覚と異なり,「赤」,「甘い」などの具体的な表現用語がないため,身近なものに例えることが多い。これが単なる個人の詩的表現や言葉遊びに留まるのではなく,ニューラルネットワークに学習させるには,一般性,客観性を求める必要がある。ワインの香りを表現する際に,品種に由来する第一アロマ,醸造に由来する第二アロマ,熟成に由来するブーケが使用される。

 

特定の品種を連想させる香りの例として,カベルネ・ソービニヨンのカシス,ブラックベリーなどの黒系果実,ピノ・ノワールのラズベリー,チェリーなどの赤系果実,シラーのスパイス,すみれ,ガメイのいちごなどの赤系果実,ソービニヨン・ブランの青草,リースリングの石油,ゲヴェルツトラミネールのライチがあげられる。発酵に由来する香りとしては,低温発酵によるメロン,白桃,シュール・リーの澱によるパン,酵母臭,マロラクティック発酵によるヨーグルトがあげられる,熟成に由来する香りとして,腐葉土,かび,きのこ,樽熟成によるトースト,バニラなどがあげられる。

 

また,一般的に用いられている香りの表現があり,品種や産地の推定の指標となっている。香りの表現例を 表 1 に示す。これらの表現のうち,木樽に由来する香りとして,バニラ,シナモン,ナツメグ,ロースト香,コーヒー,カカオがあげられ,熟成香として,枯葉,動物,なめし皮,ドライフルーツがあげられる。料理王国社発行のワイン王国誌[3]の試飲では,香りの表現を簡潔に果実香,樽香,スパイス香の3つに分類している。

1 ワインの香りの表現

 

白ワイン

赤ワイン

果実

 柑橘,ベリー

 木なり

 トロピカル

 

 干し果物

 

レモン,ライム,グレープフルーツ,オレンジ

りんご,洋梨,桃,かりん

メロン,バナナ,パイン,パッションフルーツ,ライチ,マンゴー

 

ストロベリー,ラズベリー,ブルーベリー,カシス

チェリー,プラム,アプリコット

 

 

レーズン,イチジク,プルーン,ジャム

ジャスミン,ユリ,スイカズラ,バラ

バラ,スミレ,ジェラニウム

野菜

オリーブ,アスパラガス,セロリ,ユーカリ,ミント,マッシュルーム

ピーマン,ジンジャー,ユーカリ,ミント,マッシュルーム,トリュフ

スパイス

 

胡椒,クローブ,シナモン,ナツメグ,甘草

乾物

 

紅茶,コーヒー,たばこ,葉巻

ナッツ

アーモンド,くるみ,ヘーゼルナッツ

 

植物

青草,干草,藁,シダ,杉,樫,枯葉

カラメル

はちみつ,バター

ココア,チョコレート

動物

猫のおしっこ,麝香

獣,生肉,血

鉱物

ミネラル,金属,鉄,火打ち石

化学物質

石油,硫黄,ゴム,硝煙,セメダイン

硫黄,インク

 

また,「世界ワイン大全」8)によると,基本になる香りは常に果実であるとし,白ワインの場合は酸味の度合い,赤ワインの場合はタンニンの量を目安に 表 2 のように分類している。

2 果実を基本としたワインの香り

白ワイン

酸味が強い

柑橘系果実

青リンゴ,レモン,グレープフルーツ,オレンジ,

ミラベル,パイナップル

熟した果実

白桃,メロン,カリン,

洋梨,ノワゼット,

アプリコット,アーモンド

酸味が弱い

白い花

ジャスミン,オレンジの花,

くちなしの花,アカシア

ドライ・黄色い花

ドライカモミール,金木犀,

ヴェルヴェーヌ

赤ワイン

タンニンが微量

赤い果実

イチゴ,木イチゴ,

さくらんぼ,グリオット

黒い実,熟した甘い果実

ブルーベリー,

ブラックベリー,カシス,

プラム,いちじく

タンニンが豊富

バラ,スミレ,ボタン,

野バラ,エニシダ

スパイス,ハーブ

ナツメグ,ローリエ,タイム,

ローズマリー,胡椒,甘草,

丁子,しょうが,八角

 

 

(3)味わい

舌で感じる4基本味として,甘味,酸味,塩味,苦味がある。これに旨味を加えて5基本味という説もある。また,基本味に加えて,油性,アルカリ性,脂肪性,金属性があると考えられている。さらに,嗅覚と密接に関係しており,口に含んだときに感じる口内香も味わいに影響する。甘味は糖が味覚細胞の先端にある受容膜内のタンパク質と結合して感じられる。酸味は水素イオンが受容膜に結合して感じられる。塩味は塩の陽イオンによって受容膜の界面電位が変化することによって感じられる。苦味物質は疎水性であり,受容膜の疎水性部位に吸着し,味刺激を起こす。口腔内では味覚に加えて皮膚感覚である触覚,痛覚,冷覚,温覚も味わいに関係する。舌触り,口当たり,喉ごし,偽熱などのアルコール刺激,タンニンの渋味,炭酸ガスの刺激などに関係する。酸が歯肉を刺激したり,タンニンが唾液のタンパク質を凝固し,頬の粘膜を締め付け,収斂性と呼ばれる感覚を引き起こす。味わいは上記の多数の感覚の複雑な現象である。

 

斎藤研一[4]によると,赤ワインの味わいの骨格は酸味と渋味であるとしている。果実味は味わいの骨格に肉付きを与えている。酸味は有機酸,渋味はタンニン,果実味はエキス分に由来する。渋味は若いうちは収斂性を示し,熟成するにつれて,なめらかになりビロードや絹に例えられる。シャブリやサンセールのように石灰岩質土壌の地区で生産されるワインにはミネラルに由来する若干の苦味が感じられる。

 

田崎真也[5]によると,白ワインの味わいは酸味と甘味のバランスで決まる。酸味は有機酸,甘味は糖とアルコールに関係する。2つの要素を 表 3 の4段階に分け,4×4の16のタイプに分類している。酸味の段階は酸の量ではなく,感じ方の分類である。リンゴ酸やクエン酸は鋭い酸味を感じるが,乳酸はまろやかな酸味を感じさせる。赤ワインの味わいは渋味とボリューム感のバランスで決まる。渋味はタンニン,ボリュームはアルコールに由来する。2つの要素を 表 3 の4段階に分け,ワインを4×4の16のタイプに分類している。

3 味わいによる16タイプの分類

白ワインの4×4の16分類

赤ワインの4×4の16分類

    酸味

甘味

さわやか

やさしい

やわらか

まろやか

    渋味

ボリューム

サラサラ

なめらか

厚みが

ある

重厚

軽やか

 

 

 

 

軽快

 

 

 

 

スマート

 

 

 

 

丸み

 

 

 

 

ふくよか

 

 

 

 

ふくらみ

 

 

 

 

コクのある

 

 

 

 

豊潤

 

 

 

 

 

Steven Spurrie[6]によると,白ワインの味わいは酸味と果実味,赤ワインは酸味と渋味が基本である。すなわち,酸味,果実味,渋味の3要素を味わいの基本としている。これに,アルコール,エキス分の強さであるボリューム(肉付き),残糖を補足的に加えている。

 

Jancis Robinson[7]によると,甘味と酸味が決め手である。甘味は残糖であり,味覚の中で最もわかりやすい。白,ロゼに豊富含まれ,赤の場合,ポート,ヴェルモット,マディラ,マルサーラなど酒精強化ワインに限られる。酸味は,しゃきっとした歯切れのよい味をワインに与える。タンニンも重要な要素であり,赤ワインを長生きさせ,熟成につれ味わいをやわらかなものにする。ワインを成熟させ,偉大にするのはタンニンに他ならない。さらに,ボディは重量であり,アルコールとエキス分の濃度に関係する。口に含んだ感じが強烈か水っぽいかで判断される。

 

渋谷康弘ら[8]によると,熟成の進み具合と味を構成する4つの要素として,赤ワインの場合,酸味,渋味,ボリューム,果実味を,白ワインの場合,酸味,甘味,ボリューム,果実味をあげている。酸味は清涼感を与える。甘味は白ワインのみ考慮し,残糖を表す。ボリュームは味わいの各要素を引き立て,余韻に影響を与える。果実味はぶどう自体が本来持つアロマと味であり,ワインに活力としっかりした骨格を与える。渋味は赤ワインのタンニンであり,味に厚み,余韻に複雑味を与える。酸味と渋味はバランス良く共存することによって筋の通った味わいを形成することができる。一般的に各要素のレベルが高いほど,上質で濃厚な味わいになるといえる。またワインが若いうちは各要素が強すぎるものでも,時間の経過とともに,しだいにこなれて複雑な味わいとすばらしい余韻をかもし出すようになる。

 

3.ワインデータ

 

ワイン法によってワインの生産が明確に規定されているフランスとドイツが有力候補である。この両国はワインの種類,多様性,生産量,試飲データとも十分のデータがそろっている。

 

フランスは世界のワイン生産国の中でも特に秀でた産地であり,品質の良さ,生産量,多様性などが認められている。1935年,INAO(Institut National des Appellations d'Origine des vins et eaux-de-vie)の設立に伴って,AOC(Appellation d'Origine Controlee)によるワインの規定が始まり,ぶどうの品種,生産区域,ぶどう液の糖分,ワインのアルコール最低含有量,1ha当たりの最大収穫量,ぶどう樹の剪定,栽培,醸造の方法が定められている。これにより,AOCワインは品質が常に保証されるものとなっている。表 4 にAOCに基づく生産地域とぶどう品種をあげる。


 

4 生産地域とぶどう品種

地方

赤ワイン用品種

白ワイン用品種

Bordeaux

Cabernet Sauvignon,

Cabernet Franc, Merlot,

Malbec, Petit Verdot

Sauvignon Blanc

Semillon, Muscadelle

Bourgogne

Pinot Noir, Gamay

Chardonnay, Aligote

Champagne

Pinot Noir, Pinot Meunier

Chardonnay

Alsace

Pinot Noir

Riesling, Tokay Pinot Gris,

Gewurztraminer

Val de Loire

   Pays Nantais

 

 

 

Muscadet

Anjou & Saumur

 

Cabernet Franc

Cabernet Sauvignon, Grolleau

Chenin Blanc

 

Touraine

Cabernet Franc

Chenin Blanc

Centre

Pinot Noir, Gamay

Sauvignon Blanc, Chasselas

Cotes du Rhone

    Septentrional

 

Syrah

 

Viognier, Roussanne, Marsanne

Meridional

Grenache, Syrah, Cinsault

Carignan

Roussanne, Marsanne, Clairette

Bourboulenc, Muscat(VDN)

Languedoc & Roussillon

Grenache, Carignan, Cinsault

Mourvedre, Grenache(VDN)

Clairette, Mauzac, Picpoul,

Muscat(VDN), Mauzac

Provence

Carignan, Cinsault, Grenache,

Mourvedre

Clairette, Ugni Blanc, Rolle

Corse

Nielluccio, Sciacarello, Grenache

Vermentino, Ugni Blanc

Sud-Ouest

Jura

Trousseau, Poulsard

Savagnin

Savoie

Gammay, Mondeuze, Pinot Noir

Roussette, Chasselas, Jacquere

Cognac

 

Ugni Blanc

Armagnac

 

Folle Blanche, Ugni Blanc, Colombard

 

表4には,ChampagneのスパークリングワインとCognac, Armagnacのフォーティファイドワインが含まれているが,学習に使用するワインをスティルワインに限定するものとする。

 

学習ワインデータとして,フランスのスティルワイン全体,ドイツのスティルワイン全体を基本とする。フランスはぶどう栽培可能地域の中心に位置する関係上,北の涼しい地域では軽快な白ワインが生産され,南の温暖な地域では,肉厚な赤ワインが生産される。この多様性が学習データとして,有効である。これに,ワイン生産の北限であり,残糖による良質な甘口白ワインを多く生産するドイツワインを加えることによって,さらに幅広いデータを構成することができる。(さらに,イタリアやカリフォルニアの典型的なワインを含めることも考えられる。)

 

4.ニューラルネットワークの設計方針

 

4-1 学習方法

人間がワインを鑑定する場合と同様,ニューラルネットワークも,ワインの様相を入力とし,ワインの属性を出力する。考えられる入出力は 表 5 の通りである。

5 ニューラルネットワークの入出力

入力

外観,香り,味わい

出力

生産国,地方,地域,地区,村,畑,品種,AOC名,造り手,価格,ビンテージ

 

通常,人間は与えられたワインの情報から,自分の知識に基づいて推論し,ワインを鑑定する。そこには論理的な推論過程が存在し,エキスパートシステム的な解法であるが,ニューラルネットワークの場合,推論過程をブラックボックスにし,事前に入出力のパターンを学習することによって,ネットワーク内のユニット間の荷重に置き換え,未知のデータに対して判定することになる。すなわち,適切に学習させるためには,学習する入力情報と出力情報を適切に設定することが重要である。

 

ニューラルネットワークの構成としては,入力層,中間層,出力層からなる多層式逆伝播法を用いる(図 1参照)。

 


1 ニューラルネットワークの構成

 


4-2 学習データ

(1)入力データ

外観,香り,味わいの三要素を数値化もしくは正規化する必要がある。外観の色相,濃淡,粘性に関しては,白,赤ともに直線的な変化であるので,数値化は容易である。香りに関しては,表現が多数存在するので,これらを系統的に分類し,香りの尺度とする必要がある。味わいに関しては,基本的な味覚とワインに特徴付けられる食感を尺度として用いることができる。ワインの各要素を0.0から1.0の実数値に表した例を 表 6 に示す。

6 外観,香り,味わいの数値化

 

 

0.0 0.5 1.0

外観

色相

緑…………黄…………褐

紫…………赤…………橙

濃淡

淡…………中…………濃

粘性

弱…………中…………強

香り

果実

酸…………中…………甘

赤…………中…………黒

スパイス,ハーブ

弱…………中…………強

弱…………中…………強

野菜

弱…………中…………強

動物

弱…………中…………強

弱…………中…………強

味わい

酸味

弱…………中…………強

甘味(白)

弱…………中…………強

タンニン(赤)

弱…………中…………強

果実味

弱…………中…………強

ボリューム

弱…………中…………強

 

(2)出力項目

学習ワインデータをフランス,ドイツに限定して,産地を出力とする場合,ワイン法による規定のため,同時に品種も判定できる(表 4参照)。産地を代表的なものに限定するとして,以下の地方,地域が候補として妥当である。ちなみにドイツワインの主要品種は,リースリング,ミュラー・トゥルガウ,シルヴァーナーである。

 

フランス,ドイツ全域を出力とした例

ボルドー:メドック,グラーブ,ソーテルヌ,サン・テミリオン&ポムロール,アントル・ドゥ・メール

ブルゴーニュ:シャブリ,コート・ド・ニュイ,コート・ド・ボーヌ,コート・シャロネーズ,マコネ,ボジョレー

コート・デュ・ローヌ:北部,南部

ロワール:ナント,アンジュ・ソミュール,トゥーレーヌ,中央フランス

アルザス

ドイツ:モーゼル・ザール・ルーヴァー,ラインガウ

 

学習ワインデータをフランスの主要地域に限定して,特定の地区,村を出力とすることも考えられる。メドック,コート・ド・ニュイなどは個性的なワインを生産しているので,このような学習の可能性も期待できる。

 

学習データをメドックに限定し,AOCを出力する例

村:サン・テステフ,ポイヤック,サン・ジュリアン,マルゴー,ムーリ

地域:リストラック・メドック,オー・メドック,メドック

 

学習データをコート・ド・ニュイに限定し,AOCを出力する例

村:ジュブリー・シャンベルタン,ヴージョ,ヴォーヌ・ロマネ

 

学習データをコート・ド・ヴォーヌに限定し,AOCを出力する例

村:アロクス・コルトン,ムルソー,ピュリニー・モンラッシェ,サシャーニュ・モンラッシェ

 

5.展望と課題

 

今後の課題としては,学習ワインデータの準備と人間による鑑定の正当率との比較である。ワインの試飲は様々な機会に行われているが,本論文で明らかにしたように,学習データとして使用するには数値化が可能な形式で記録をとる必要がある。また,ニューラルネットワークの性質上,ある程度まとまった量のデータが必要となる。どのぐらいの量の学習データでワインの鑑定が可能になるかは,人間がどれくらいの数のワインの試飲を経験すればワインの鑑定ができるようになるかということに関連性があり,興味深いところである。現在入手できるデータは味覚に関するものであるが,実際のワインの鑑定には香りや外観の要素が大きく貢献することを考えると,不充分といわざるをえない。今後の大きな課題である。人間による鑑定の正当率との比較であるが,具体的なデータを準備する必要がある。ソムリエ・コンクールなどでは必ずブラインド・テイスティングがあるが,正当率は決して高くないといわれており、正確な値は公表されていない。これはワイン鑑定の難しさを物語っているが,ニューラルネットワークでどこまで正当率をあげることができるのか興味深い点である。

 


 



参考文献

[1] ワイン学編集委員会『ワイン学』, 産調出版, pp290-303, 1998

[2] 清水健一『ワインの科学』, 講談社, pp69-70, 1999

[3] 別冊料理王国『ワイン王国』, 料理王国社 Vol 1-3, 1999

[4] 斎藤研一「ブラインド・テイスティングの極意」 『ワインの教室』, イカロス出版, pp14-19, 1999/2

[5] 田崎真也『毎日飲むワイン』, 新星出版, 1998

[6] Steven Spurrie 『ブラインド・テイスティングで勝つ』, Acadmie du Vin, Paris, 1999

[7] Jancis Robinson "Masterglass", A.P.Watt Ltd. 1983

[8] 渋谷康弘,柳忠之,楠田卓也,近藤さをり,名越康子『世界ワイン大全』, 日経BP社 pp326-327, 1998